| 年末年始はふるさとで。 遠藤勇次と伊藤開司は新婚さんである…… なのに、そういえば新婚旅行の一つもしたことがナイ。 まぁこれは、若奥様のあまりのギャンブルジャンキーっぷりに「海外はなぁ……」と、旦那さんが頭を抱えたせいもあるのだが。 そんな折、実家を守っている兄より連絡が入った。 『仕事で何年かに渡って海外赴任をすることが決まった。家族を引き連れていくから、たまになら帰ってきてもいいぞ』 というものである。 給料の要らない管理人代わりとも取れるが、遠藤の稼業ゆえにただでさえ顔を出しづらいところに、男の嫁さんをもらったことで、ますます疎遠になっていた実家であるが、建物の老朽化やら兄の子供が大きくなれば、大幅な改築も必要になるだろう。そうなる前にもう一度くらい自分の生まれた家を見ておきたく、またカイジにも見せておきたかった。 今年の年末はウチの実家に帰るぞと伝えると、カイジは気のないような返事をしたが、その後やたらそわそわしているところを見ると、楽しみにはしているらしい。 そのうち、カイジの実家にも顔を出さねばと思うが、カイジ自身はまだ若いためなのか、それとも親にもらった体に傷をつけたことに対する負い目がまだあるのか、やはり男と結婚したということが気恥ずかしいのか、そのことについては本当に乗り気でないようである。 まぁこれは来年の課題にしておこうと、遠藤も心のなかでこっそり棚上げにしておいた。 さて……遠藤の実家は一応関東にはあるが、僻地の田舎なので寒さは雪国と遜色ない。 日頃裸エプロンで過ごしていることの多い奥さんは、あまり服を着込むことを好まないため、帰省にあたり、ペアのドテラまで買い込む遠藤に閉口していたが……出発が遅くなった上にラッシュに揉まれ、すっかり深夜遅くなってから到着すれば、あまりの寒さにカイジは車内でセーターをモコモコと重ね着した上に、ダウンジャケットを羽織ろうとしたがダブルセーターの厚みで袖がきついのか諦め、誰も通りがからないのを確かめた上で、ふかふかのドテラを羽織る。 毛を刈る前の羊のような若奥様の有り様に遠藤は苦笑しつつ、何年かぶりにこの家の鍵を使い、玄関を開けた。 もはや兄の家族の家であるのに、家に染み付いた匂いのようなものはやはり懐かしい。 小さく「ただいま」と言って遠藤が上がれば、立ち尽くしていたカイジも「お邪魔します」と、それに続く。 この道に足を染めたときから、もう二度とこの家の敷居を跨ぐことはあるまいと思っていた……そんな、もう何年ぶりに訪れたのかわからないかつての自分の家は、懐かしさとよそよそしさの混在した空間だった。 家そのものは変わらない。 遠藤がまず踏み入れた居間は、家具の配置も変わらないのにテレビは最新のものに、茶箪笥の急須と湯のみも記憶にあるものから、多分兄嫁の趣味のものに変わっている。 自分の部屋はどうなっているかと思うと、仕方のないことだとわかっていても少し寂しくなった。 とにかく持ち込んだ重箱やらタッパーやらビールやらを、とりあえずこたつの上に置くと、こたつのスイッチを入れ、ストーブを点け、部屋をあたためる。 先に台所の場所を聞いてきたカイジが戻ってきた。 手した台拭きでこたつのテーブル面を拭いてゆく。既視感と違和感の入り混じった光景。 襖を開けば、座敷。その奥に仏間があった。 カイジがせっせと遅い晩餐の支度をしている間、遠藤はろうそくに火を入れ、線香を炊く。 父も母も鬼籍に入っていた。 記憶の面影と、写真の顔に幾分ズレが生じていて、遠藤は時を思い知る。 背後に気配がして振り向けば、さすがにドテラは脱いだカイジが、居間からこちらに入るのをためらうように立ち尽くしていた。 玄関でも同じような状態だったのを思うと、『男の嫁』であることに多分負い目があるのだろう。制度が変わったとはいえ、日は浅い。馴染むまでには当人たちもそしてもちろん周囲にも時間はかかる。 二人がもし生きていたら、やはり受け入れられないのだろうが…… 「俺の選んだ、一生を共にする相手だ。カイジ……お前も挨拶してやってくれ」 カイジはパタパタとやってくると、ちょこんと仏壇の前に座る。 チーン……と鳴らした鐘の余韻と、カイジが手を合わせている時間がやけに長かった。 静謐を打ち破るようにピーっと、ヤカンのケトルが鳴り、遠藤はあわてて台所に走る。 落ち着かない……が、この日常感に救われたような気がした。 台所はすでにいろいろ新しく……母の城ではなくなっていた。 戸棚の隅に追いやられた小鉢が唯一遠藤の記憶にあるもので、他の食器を落とさぬよう、そっとどけてそれを取り出す。 水洗いをしたその小鉢と、グラスを二つ、来客用の箸を二膳借りて盆に乗せ、お湯を入れたポットを手に居間に戻れば、カイジはこたつに足を入れ、テレビをつけてぼんやり紅白を眺めてくつろいでいた。 「つまらないんなら、適当にチャンネル替えればいいだろう?」 確かカイジは通常なら毎年、裏番組の格闘技を見ているはずである。 「んー……でも年越しの団欒てゆーと、やっぱこれかなって」 どうやら産まれた家を懐かしむ遠藤に、当時の雰囲気でもとカイジなりに気を使っているらしい。 二人で「今年はお世話になりました」とグラスを合わせ、あとは適当にカイジの作って来た煮しめやらダシ巻きやらを詰めて来た小さい重箱をつつき(ホテル産のお値段と中身の立派なものは元旦用)、年越しそばはカップめんで代用し……二人とも適度に酔いが回り、遠藤がこたつに潜り、うつらうつらし始めたところで、カイジがこそっと立ち上がり、遠藤の耳元に顔を寄せた。 「遠藤さん……遠藤さんの部屋、どこだ?」 遠藤が、二階の突き当たりのむにゃむにゃ……と夢見心地で返事をするのを聞くと、カイジは悪戯っぽく笑い、こそこそとコソ泥のように足音を消して二階へ…… ※※※ ――むにゃむにゃのあたりは良く聞き取れなかったけど、もしお兄さんの部屋なら最近まで使っていただろうから判るだろうし、もし別の人の部屋になっていればそれもわかるだろう などと、チラッと覗いて遠藤の部屋でなければすぐ引き返すつもりで、カイジはそっと最初に2階の突き当たりの右の部屋を覗く。 いなくなった家族の部屋は物置状態になることは、自分自身が自分の実家で経験済だが、自分の知らない遠藤の片鱗だけでも、カイジは知りたくなっていた。 覗き込むと、ドアの隙間から差し込む階段の照明に浮かび上がるのは、昔のアイドルらしき古いポスターと、古い机とベッド。 どうやら遠藤の部屋はそのままにしてあったらしい。 部屋に忍び込んで明かりをつけると、古い本がたくさんあった。読書家だったらしい。 ――遠藤の若い頃って、なんか空手とか武闘派的なことをやってたんだと思い込んでたけど……実はインテリだったのか? イメージにギャップはあるが、それでも数字に強いし説教くさいし、やっぱりそうなのかもと、カイジは一人納得する。 本棚の隅っこの方に、窮屈に押し込まれるようになっている卒業アルバムを見つけると、ベッドに腰掛け、ぱらぱらとめくった。 遠藤の高校時代のものらしい。 しかめっ面で、四角い黒ぶちメガネをかけたデコっぱち。生真面目な優等生風なところがおかしかった。 ――今じゃ不良中年てゆーか…… かなり本物さんに近い職業だが、そこは心の中にしまっておく。 唐突にくしゅっんと、クシャミが出て、かなりの厚着なのに寒気がしたため、カイジは布団の中にもぐりこんだ。 どのくらい前にこの家から出たのかは知らないが……若い遠藤がこの布団に包まっていたと思うと、妙にドキドキする。 ――今だと腕っ節とかじゃぜんぜん敵わねぇけど、この頃の遠藤と今の俺だったらどうだろう? 高校生相手では犯罪だが、歳の差でいくなら今の遠藤とカイジとの差の方が充分犯罪的であり……いつもやり込められているのだから、妄想くらいかまわないだろうと、酔いも手伝ってカイジの内なる暴走が始まる。 今も中年のオヤジにしては整っている顔立ちだと思うが、デコに現在の兆しが見えるとはいえ、メガネを外せば鷲鼻が多少目立っても、けっこう端整な顔立ちで通るだろう。 写真の中の真面目腐った顔を見ていると、カイジは自分が今の遠藤に仕込まれた悪い遊びの数々を教え込んでみたくなる。 自分が最初にされたように、両腕を縛り上げられて、衣服を徐々に剥かれ、指でなぞられ、開かれていったら、若い遠藤はどんな顔をするだろうか? 乱れた学ランのあられもない姿と、侮蔑と懇願が入り混じったような遠藤の瞳を想像して、カイジは自分の中心になにやら滾ってくるのを感じる。 ――ヤ…ヤバイ…… 初めて来た遠藤の家……先ほど手を合わせた仏壇の写真が頭をよぎり、罪悪感でいっぱいになるが、心より体が正直な性質である。枕元のティッシュに手を伸ばすと、古びていたためか、やけにカサついた手ざわりだった。 「あ…ああ……っ」 心のやましさとは裏腹に、快楽は充足している。 本当の遠藤の体温を感じに戻ろうか、それとももう一度、妄想の遠藤と遊ぼうかと、突っ伏したところで、なにやらひんやりした空気が…… 「お前……兄貴の部屋で何やってるっ!?」 地を這うような恐ろしい声とその内容に、カイジはパニックでしばらくは口から「え?…えっ!?」としか出てこない。 「え……だって、このデコ……」 「名前を見ろっ、このバカ野郎っ!大体この頃の俺はまだふさふさだっ!!」 ともかく来いと引きずり出され、ちょうど向かいの部屋に連れ込まれる。 遠藤のアイドルの趣味は兄と同じようだということが判明したが、それはとりあえずどうでもいい。 遠くで煩悩を清めるという108つの除夜の鐘の音を聞きながら、清められぬ煩悩そのままに年越しから姫初めにシフトした夫婦の営みは、遠藤の嫉妬もあいまって酷く激しいものだったという…… 【蛇足】 書きたかったのは、昔の遠藤の部屋だと思い込んで、若い遠藤を妄想してがさごそしてるカイジと、遠藤の「この頃、俺はまだふさふさだっ」だけです…… そっくり兄弟と昔からかわれていたので、結局勇次さんはカイジさんにアルバムを見せてあげなかったのですが、俺はふさふさだったと言っても、他人から見れば五十歩百歩…だったんじゃなかろうかと。 |